若い力への思い

金沢市民の心にはいつも若い力があります。

皆様の思いをぜひ、お寄せください。

金沢市陸上競技協会 会長 小阪栄進様

昭和44年4月、金沢市立中村町小学校に新採で赴任した。秋に市営陸上競技場で小学校連合運動会が開催され、6年生全員が参加したが花形はリレーと若い力だった。

若い力は力強く躍動的で演技者も見る者も魅了した。


次の長町小学校で稲場四郎校長と出会った。
若い力誕生の苦労話しやエピソードをよくお聞きした。
一つ一つの事を徹底してやる事の大切さを学んだ。


一時、交通事情等で中断したが、平成3年開催の石川国体を契機に若い力が復活し、私達金沢市小学校教育研究会体育部会が中心になり連合体育大会を運営してきた。

夕日寺・森山小学校校長時代に実行委員長の大役を命じられたが、若い力の集団演技の美しさにスタンドから大きな拍手と歓声があがった事が忘れられない思い出である。


若い力は金沢市の伝統あるスポーツ文化であり、今後もずっと継承され連合体育大会や各学校での運動会等で演技され続けられていく事を強く願っている。

金沢市小学校教育研究会 体育部会様

金沢市内の各小学校によって、伝統的に受け継がれてきた若い力の踊り。直線的な手足の動きと素早い上下左右のきり返しが主たる動きとなる。


現代流行の踊りやダンスのように軽やかなステップ、大きなジャンプ、回転やひねりを取り入れた華やかな動きではない。しかし若い力は、指先まで伸びきるように神経を配り、その指先を見つめる視線、伸ばした両手の平の向き、腕の角度までにもこだわる繊細かつ勇壮な踊りである。


そして若い力は、一人で踊るよりも複数人で、多人数で、さらに大集団で仲間と動きと呼吸を合わせて踊ることにより、楽しさが倍増し、見ている人にその良さを伝えることができる踊りである。


市内小学校の6年生児童が一堂に会する連合体育大会の若い力の演技で、小刻みな小太鼓の音の後、前奏開始で指の先まで伸びきった両手が一斉に挙がる瞬間は、見ている者の大きな感動が陸上競技場を包む。


これからも、この伝統「若い力」が永遠に受け継がれていくことを誰もが願っている。

金沢市 30代 女性(大浦小学校出身)

今でもこの曲を耳にすれば身体が勝手に動いてしまい、もはや染み付いてしまっている思い出深いものです。

母校の小学校では運動会で高学年の児童が組体操とセットで披露する演目でした。
当時は、金沢市内のみに伝わる集団演技という事は知らなかったので、同じ県内でも市外の友人には通じない事に驚きました。

金沢市 40代 女性(西南部小学校出身)

6年生の運動会でマスゲームで演技しました。

30年以上経ちますが、今でも曲が流れてると身体が動いてしまいます。
自分の出身校に息子が通っています。
運動会で6年生が若い力を演技してました。とても嬉しかったです。
最後にピーンと腕をのばし青空を見上げた瞬間 涙があふれてきたのを思い出しました。
感無量です。
これからも若い力は継承していって欲しいです。

金沢市 50代 女性(不動寺小学校出身)

私が小学生のころ、「若い力」は男子だけのものでした。

そのかっこよさに男子になりたいと良く思ったものです。
子育てをし始めて、子どもが若い力を運動会でする姿をみて、私もやりたいなと思いました。
連合体育大会の時に、その一体感をみてやりたい思いが止まらなくなり、友人を募り「大人の若い力」とネーミングをして練習をしました。
その後、活動が止まりました。
今回、このプロジェクトを知り、老若男女、世代を超えて一体になり、健康・楽しみを分かちあえる場が広がればと思います。

金沢市 40代 女性(戸板小学校出身)

若い力といえば、グランドの土の匂いと感触を思い出します。

当時は裸足で踊りました。ひんやりと湿った土が気持ちよかったり、さらさらした乾いた土でブルマが白くなったのを払いあったり。みんなで合わせて踊る時に重なる音や土ぼこりが好きでした。
背中や膝頭に土をつけて拍手の中退場する時、とっても誇らしい気持ちになった思い出があります。

金沢市 30代 女性(田上小学校出身)

金沢を離れて10年以上、33歳になりますが、今でも「若い力」は踊れます。

間違いなく、青春の1ページです。
姉もいるので、「運動会の練習の時、爪の先までぴーんと伸ばす! って怒られたよね~」と学年違えど、共通の思い出です。
曲を聴くと、なんだか胸と目頭が熱くなりますね。
どんな形であれ、後世にも続いていってほしいです。

金沢市 50代 男性(新竪町小学校出身)

子どもたちは、まだ気付いていない。

長男が小学校に入学した。 息子たちにとって最初の春の運動会。
一年生の徒競走も終わり、プログラムも終盤。 グラウンドに「若い力」の曲が流れる。 懐かしい、とても。
長女も入学し数年後、長男最後の運動会。 グラウンドに整列しているのは、 六年生になった息子たち。
グラウンドに「若い力」が響き渡る。 毎年聴いていた曲、今年は特別に聞こえる。
子どもたちの表情、緊張が伝わってくる。

子どもたちの演技、 一つ一つにキレのある動作、 指先まで真っ直ぐに伸びた腕、 一糸乱れぬ息の合った音と躍動。 私は知っている。この日のために、 子どもたちがどれだけ練習してきたのかを。


今でも覚えている。グラウンドの荒い砂。 その砂が、手のひらや膝に刺さる感覚。 手の砂を振り払うことも許されない。 それでも、子どもたちは顔色一つ変えない。
子どもたちの演技に、子どもたちの成長に、 涙が溢れそうになる。 子どもたちは、まだ気付いていない。 君たちの「若い力」が、 こんなにも人を感動させていることを。
子どもたちは、まだ知らない。 大人たちの涙の理由(わけ)を。 いつか子どもたちが大人になったとき、 この想いを感じて欲しいと心から願う。
その年の秋、金沢市営陸上競技場。 広いグラウンドを埋め尽くす、 二千人近くの子どもたち。 息子の姿も見つけられない。 やがて、競技場に曲が響き渡る。 二千人の「若い力」、空気が震える。
ことばに表すことができない感動。 私は知った。自分が六年生の秋、 ここで自分たちが何をしてきたのかを。 子どもたちの演技に かつての自分たちが重なって見える。
二年後の令和元年秋、今度は娘の番。 陸上競技場に母を連れて行く。 母は、昭和10年生まれ。 始りの日、四千人の中の一人だ。
やがて、競技場に曲が響き渡る。 母は知っている。72年前の「若い力」も。

子どもたちの演技に見入る母。 母と同じ想いになれた気がした。 今度は子どもたちと、いつかきっと。

富山県高岡市 30代 男性

富山県在住の者です。

「若い力」は、私が中学3年生だった2000年、富山国体のサッカー会場で学校の皆で歌った思い出があります。
心の底から元気の出る曲だと強く感じ、その時の光景は今でも鮮明に覚えています。


学生時代を通して陸上競技部だったこともあり、大会の度に頭の中で「若い力」を思い起こし自分を奮い立たせてきました。


大学卒業後、地元に戻っても競技ができる、スポーツに関われる環境に恵まれ、市民体育大会の開会式にも毎年出席するようになりました。
開会式の場では必ず「若い力」が演奏され、それを聞く度にスポーツに関われる喜びを感じていました。しかし、コロナ禍の中で市民体育大会の開会式は中止に…。


せめて「若い力」だけでも聞きたいと思ってYouTubeを検索したところ、この「若い力プロジェクト」の動画に行き着きました。
そこで初めて演技があったこと、1947年の石川国体が発祥であったこと、歌・演技に込められた強い思いを知りました。(隣県に住んでいながらも今まで知らなかったのです…。)


演技は運動として非常に合理的であり、運動科学が発達した現代でも十分通用するその内容に感動しました。
自分の子供たちにもこの演技を教え、身体を動かす純粋な楽しさ、スポーツで元気になれることを知って欲しいと心から思います。


いつまでもこの伝統が続くこと、ひいては全国にも広まっていくことを願ってやみません。

東京都あきる野市 菅生学園初等学校の子供たちの感想(令和2年11月)

~令和2年11月7日(土) 運動会で5、6年生が「若い力」を演技~